『ロード・オブ・ザ・リング』

ピーター・ジャクソン監督/脚本/製作
2001米/ヘラルド=松竹,178分
『ロード・オブ・ザ・リング』公式ページ

 なるほど原作が傑出した出来であるらしいことはこの映画を見ただけでもたいへんクリアにわかった気がします。もし大学の一般教養の必修科目に「映画」というコマが設けられるとすれば、この「ロードオブザリング」は教材として列挙されること間違いなしでしょう。これを読んでいないとハリウッドのSFファンタジー系映画はすべて十分に理解できなくなってしまうかもしれません。
 それどころか、今あるSFファンタジー以上に秀逸な部分が原作にはあるように思えます。「なにかを手に入れてキャラクターをレベルアップしていく」というRPGゲームの常識とはむしろ正反対の、「そういう魔力やスキルを手に入れてしまったがために不幸に陥った人類の救済」がもっぱらのテーマとなっているところです。
 原子力やゲノム技術を手に入れてしまった人類にその技術を捨て去ることなどできるのか、石油燃料で動く自動車はどうか、電気は捨て去ることができるのか、という身近な問題で考えれば一目瞭然でしょう。そこにこそ人類の最大の悩みというかジレンマがあり、また、そこにこそスピリチュアルな存在である人間が、自分の在り方を反芻しながら人間らしく生きるための智慧の宝物庫が用意されているはず。だからこそ、この話が人々に長く愛されて止まない部分があるのではないでしょうか。そこには、キリスト教的というより、どこか仏教や土着宗教的動機が蠢いているようにも感じられます。
 で、肝心の映画の出来ですが、ギリギリ及第点の60点という評価だと「低すぎる」として反感を覚える人もいるでしょうか。けれど、この究極のファンタジー小説はまだ映像化するのは早すぎるのじゃないか、というのが映画を観てのKiwiの結論でした。
 というのは、物語世界を忠実に再現することに固執しすぎたためかデジタルでの画像処理をあまりにも多用しすぎており、そのせいで全般的に画像がうす汚いし、せっかくのニュージーランドの自然眺望も安物のデジタルカメラで切り取ったようなくぐもった画に成り下がってしまっており、本作は「人類が持つ映像技術のレベルの低さ」をむしろえぐり出してしまっているように感じられたからです。
 戦闘等のmobシーンも(「ハムナプトラ」並の出来という意味で)映像の説得力というか、リアリティに欠けてしまっている、elf族の美しい精霊役のリヴ・タイラーの顔色もPC上できつく減色処理した画像のような、肌が粘土のようにくすんだ発色になっているなど、これが奥行きや深みの感じられる画や色で表現されていたなら、さぞかし荘厳な絵巻物や美の女神がスクリーンの上に立ち現れていただろうと感じられました。そうした画自体の持つインパクトがデジタル処理の犠牲になってしまっているのは観ていて残念というほかありません。映像化技術という点では、きっと人類は未だ捨てるべきリングを手に入れてはいないのでしょう。
 ストーリーテリングの仕方にもやや難ありと言うべきかもしれません。なにしろ、原作は主人公のホビット(こびと)族の青年が旅の中で精神的に成長し、指輪を手に入れてしまった自分の命運を素直に受け入れて「目覚める」話であるに違いないのに、この映画、そのホビット族の青年が「ガッツを見せる」話にすり変わっちゃっています。スピリチュアルな感覚として天命を受け入れることは、即ち「ガッツを見せる」ということとはかなり違うんだけどなあ。確かにアメリカでは、「ガッツを見せる」ことを"You got a spirits!"とか言うことはあるんですけど、それは歴史や文化を持たないアメリカ国民独特の感じ方、いや誤解、もしくは偏見の裏返し表現といわざるをえないのではないでしょうか。
 アメリカ人ではなく、ニュージーランド人であるこの映画の監督は「大の原作ファンの一人として原作の持ち味を壊さないように気を遣った」と主張しているみたいですが、それが本当だとすると、彼は原作をあまりうまく読み解けていないのじゃないかと勘ぐってしまいそうです。ひょっとするともともと彼は「スピリチュアリティ」をうまく描けないタイプの人なのかもしれません。あるいはここにハリウッドの資本サイドが介入した形跡を読みとるのは深読みのし過ぎでしょうか。いずれにしろ、原作の基本モチーフであるはずのスピリチャリティが見事に別のなにかにすり替えられていることは動かし難い事実です。
 とはいえ、前半はともかく、後半はかなり手に汗握る映画に仕上がっていたことは確かで、前半寝てても後半は目が醒めること請け合いです。まあ、\1800出してでも劇場で観ておく価値はあるかなという感じです。
ただし、余計な期待はしないほうがいいですぞ。世間で騒がれているほど映画として秀逸な出来ではないですから。
( 2002/4/28 Kiwi)



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